2013年12月05日

北島三郎さんが今日5日16時から引退表明会見らしい 北海道知内町出身



【編集注意】
北島三郎さんが、12月5日午後4時から記者会見を予定しているのは、本当のようです。

が、私は歌手活動の引退と考えていました。が、歌手活動は続けてNHKの歌番組「紅白歌合戦」からの出演をしないという「紅白引退」という情報もあります。
ただ、北島さんが紅白を今年限りというのは、先月11月から報じられていることで、いまさら「紅白引退」の記者会見を開くのは、あまりに日本の芸能界(ショービジネス)がしょぼすぎると思われます。

ただ、歌手の引退ではない可能性もありますので、編注とします。

【差し替えあり(済み)】

日本を代表する演歌歌手北島三郎さんが、きょう5日午後4時(16:00)から引退表明の記者会見を東京都内で開くらしい。

STVラジオが伝えた。

さきに、NHKが大みそかの12月31日(火)に放送する紅白歌合戦は、今年を最後に後進に譲りたいと紅白引退を表明していたが、芸能活動からの引退なのか。

北海道内の主要テレビ4局は、午後4時前から夕方の生放送の情報番組なので、生で会見の模様を伝えることを狙っての時間設定といえる。

◆北島音楽事務所HP>「サブ」
⇒ http://www.kitajima-music.co.jp/sabu/



〜にっぽん演歌の夢まつり2014 〜
北島三郎・北山たけし・大江裕が出演!

2014年02月の公演・全国5都市
2/22(土)日本ガイシホール(名古屋)
2/25(火)大阪城ホール
3/ 1(土)マリンメッセ福岡
3/ 8(土)セキスイハイムスーパーアリーナ(仙台)
3/12(水)さいたまスーパーアリーナ

◆にっぽん演歌の夢祭り公演HP
⇒ http://yume-matsuri.com/index.html



<北島三郎さんの楽曲>

◆動画サイト「ユーチューブ」>♪「函館の女(ひと)」
⇒ https://www.youtube.com/watch?v=BSPDamfOKcM
◆同サイト>♪「風雪流れ旅」
⇒ https://www.youtube.com/watch?v=KpFjuI6iQrg
◆同サイト>♪「まつり」
⇒ https://www.youtube.com/watch?v=HdI9qqYZsWc
◆同サイト>♪「与作」
⇒ https://www.youtube.com/watch?v=s1UBfhIkcQA
◆同サイト>♪「日本演歌界泰斗北島三郎和美空ひばり合唱《兄弟仁義》」
⇒ https://www.youtube.com/watch?v=ke5wRPIkj-M



【北島三郎(さん)とは】 (ウィキペディアほかから)

北島 三郎(きたじま さぶろう、1936年10月4日〜、77歳 )は、日本の演歌歌手、俳優、作詞家、作曲家。

「函館の女」に始まる『女』シリーズ、「兄弟仁義」などの『任侠』シリーズなど、数多くのヒット曲がある。本名は大野穣(おおの・みのる)さん。愛称は「サブちゃん」。原 譲二(はら・じょうじ)のペンネームで、自身の楽曲の作詞・作曲ばかりでなく、他の演歌歌手への楽曲提供をしている。
作曲家・船村徹さんの門下生。

北海道知内村(現在の知内町)出身。北海道函館西高等学校に進学した。高校在学中に函館で開催された「NHKのど自慢」に出場し、歌手を志す。
1954年、18歳で高校を中退、東京の親族を頼って上京し、当初は東京声専音楽学校に入学。東京・渋谷を拠点に「流し」をしながらデビューを目指す。当時、北島が都内で下宿していたアパートの大家の娘であった雅子さんと結婚。1959年11月30日、挙式。

1960年当時、流しの収入は3曲100円だったが、ある日羽振りのいい客が1000円を出してくれた。礼を言い1曲歌うと「明日、新橋の○○って喫茶店で待っているから来なさい」と声をかけた。その相手は北島の評判を聞きつけた日本コロムビアの芸能部長で、この時、喫茶店で引き合わされたのが作曲家、船村徹だった。

ギター漫才『ゲルピンちん太ぽん太』の“ぽん太”として漫才コンビでのステージも経験している。これは歌の師匠である船村がなかなかデビューのチャンスを得られない北島にステージ度胸をつけさせるため、自ら台本を書いた。
ロカビリー全盛のこの頃、正統派の演歌・歌謡曲の新人はなかなか需要が無く、船村自身「あんなに(売り込みに)苦労した弟子は他にはいなかった」

1962年、新栄プロの先輩歌手、村田英雄の「王将」のヒット記念パーティーで歌手としての初舞台を踏み、その後の映画出演においても『兄弟仁義』等の東映任侠路線で多数共演した。
“呼びやすさ・親しみやすさ先行“で「北海道(北の島)生まれの三郎」という由来のもとに芸名・北島三郎と6月デビューが決定する。プロフィール上は独身とした。

同年6月5日、日本コロムビアから「ブンガチャ節」(作詞・星野哲郎、作曲・船村徹)でデビュー。「テレビに3回出たら、放送禁止になっちゃった。」と語っている。8月20日にセカンド・シングル「なみだ船」がヒット(公称でミリオンセラー)し、出世作となる。

1963年秋、日本クラウンの設立と同時に同社へ移籍。クラウンレコード第1回新譜に、美空ひばりさんらと共に名を連ねる。この1963年にNHKの紅白歌合戦に初出場。

1965年4月に「兄弟仁義」と「帰ろかな」、同年11月に「函館の女」と、この年リリースしたうちの3曲が大ヒットし、演歌歌手としての人気を確立。『兄弟仁義』は東映で映画化され自らも出演。これも大ヒットし、シリーズ化され、主演映画スターとしても活躍するようになる。

1972年10月9日、デビュー時から所属した新栄プロダクションから独立し北島音楽事務所を設立。所属歌手や事務所OB・OGらは俗に「北島ファミリー」と呼ぶ。

1986年12月、広域暴力団稲川会の新年会に出席していたことが静岡県警の捜査で明らかになり、決定していた第37回NHK紅白歌合戦への出場を辞退する(連続出場回数は23回でストップ)。

2003年11月29日、八王子観光大使に委嘱。
2010年3月29日、「北島三郎 特別公演」の名古屋・御園座公演千秋楽で「座長公演4000回」の記録を樹立した。

2011年、“芸道50周年”を記念する「北島三郎 特別公演」が東京(日生劇場)、福岡(博多座)、名古屋(御園座)、大阪(新歌舞伎座)の4大劇場で上演した。

2013年11月25日、この日、NHK紅白歌合戦への通算50回目の出場が発表された事を受け、この出場を最後に紅白への出場を「引退」することを発表した。
2013年の紅白は大トリを務めることもすでに内定している。



北島さんの弟さんの一人は、北海道の幹部職員だった。お顔が御大と、すごく似ている。

彼がある病院に入院していた時に、取材というかお見舞いでお目にかかったことがあるが、私は開口一番「似てますね」とつい言ってしまった。

(了)

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posted by びとう さとし at 13:21| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 北海道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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